「不味い」と言わない訳・・

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昔の話、お酒に精通する先輩とのお話です。

あるバーで僕が頼んだワインが、ボディーのないただただ渋いワインで、思わず「不味い!」と口にしてしまったんですね。それを聞いて先輩が「どれ、一口飲ませてみろ・・」と・・・味を見る先輩・・

「このワインは決して不味くはない。劣化しているわけでもなく、コルク臭もない。お前が嫌いな味なだけで不味くはない・・」

僕は納得いかず、「いやいやいや・・不味いでしょ先輩!ペラッペラで何の面白みもないワインじゃないですか!」と、突っかかりました。

「いや、こういうワインが好きだと感じる人もいるはずだ、劣化したワインであればそれは『不味い』でいいだろう。だがお前の味好みから外れているいうだけで『不味い』と言うのは少し傲慢なんじゃないか?何より、このワインを出したお店にも失礼だろ?」
更に先輩は続ける・・
「俺たち酒に関わってそれを生業にする者達は評論家になったら終わりなんだよ。お客さんは俺たちの言葉を頼りにワインを買うわけだ・・影響力のある人程、美味い不味いを振り分けちゃあいけない。そのワインの特徴を伝える努力をするべきで、俺たちの個人的な好みをまき散らすのはよくない・・」

確かそんな感じのことを、先輩は口にしたと思います。このとき僕は正直ピンと来なかったです・・。「なんで?不味いものは不味いでしょ・・」程度にしか思えませんでした。

そこから時は流れ数年後のこと、「超」が付く程のヘビースモーカーだった僕が禁煙に成功して味覚が激変します。今まで解らなかった微かな味臭・・例えば「水の甘さや硬さ」「米や魚や肉の味、臭い」気のせいではなくかなり敏感になりました、味覚と臭覚のダイナミックレンジが広がった・・とでも言いましょうか。ワインの試飲などをしても、明らかに今まで感じることのなかったアロマや味わいを感じることができ、「今までの俺はなんだったのか・・」と思える程のかわりようだったんですね・・・いや、ほんとビックリしました。

そんなある日、偶然あのとき「不味い」と言ったワインに巡り会いました。(当然ビンテージは違いますが)僕はあのとき飲んだ「不味さ」が鮮烈に脳裏に残っているので、そのイメージで何の期待もせず一口飲んでみると・・・恥ずかしい話「ものすごく美味しかった」のです。。(笑 ビンテージは違うものの、もしあのとき飲んだワインと同じ性格の味わいであれば、あの時の僕の舌では感じ取ることができなかっただけ・・・時間をおくたびに刻々と味わいの変化する非常に面白いワインでした。あの時の先輩の助言を理解できなかった自分を恥じました。この瞬間から、自分で作った料理と劣化したモノを除き「不味い」という言葉を使うのをやめました。人間の味覚はその日の気候や時間帯、温度、湿度、先入観やその日の気分・・・例えば仕事で失敗したとか、夫婦喧嘩したとか・・そんなメンタル的なものでも人間の味覚は激変するとの研究発表もあるくらいです。もちろん その人の体調によっても変化するのはご存知のとおり。

 

 

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常に正しい評価ができる素晴らしい舌と鼻をお持ちの方でも、味や臭いの好き嫌いはあるわけです。まあ、いつぞやの先輩とのバーでのやりとりのようにその場での味の意見交換程度ならまだ良いですが、SNSやブログなどで「このワインは不味い」とか、「ここのラーメン屋は残念!」とか、評論家気取りで厳しい意見を浴びせてる方。 昔、僕もそうだったので気持ちはよくわかるのですが、「不味い」という表現はよくないと思います。せめて「僕には合わなかった・・」程度に留めるべきだと思う。例えばラーメン、お店の人は自分が美味いと思う味を探求し自信を持って客に出しているわけです。たとえそれを「不味い」と感じても、それは貴方の舌の個性に店の個性が合わなかっただけであって、実は不味くはないのです。(だってその味を愛する人もいるはずなのだから・・)

お酒も同じ、「ドライマティーニが好きな人」「ビールだけで通す人」「そば焼酎のお湯割りがたまらなく好きな人」「レモンチューハイLOVEな人」「ベッタリ甘いドイツワインに目がない人」etc,etc…  星の数程バリエーションが存在する理由は、これまた星の数程の「好み」があるからなんです。ベッタリ甘いドイツワインがダメな人は、「不味い」のではなくただ単に「自分の舌に合わなかった」だけなんです。それを「地雷」だとか「残念」とか「クソ不味い」とかいう言葉で揶揄するのは、そのドイツワインを作った人にも、そのワインを愛して止まない人にも「失礼」だということをどうか知ってほしいです。

SNSの書き込みごときで 味の方針を変えるラーメン屋さんはいないと思いますし、それらの意見に流され、ある一方方向しか目指さなくなった個性のない業界なんて消えてなくなる・・と僕は思いますね・・。